梅の花 香りをかぐはしみ遠けども 心もしのに君をしぞ思う 市原王(いちはらのおおきみ)
梅の歌は、万葉集に119首に及ぶほど、古くから貴人に愛でられた花だ。鶯や雪と共に詠まれている歌も多い。この歌は、市原王(8世紀の皇女)が梅の香りに寄せて、中臣清麻呂(公家・歌人)を敬い慕う気持ちを表したもの。
「かぐわしい梅の花の香りに、遠く離れていても心はいつもあなたのことを慕っています。」というような意味であろうか。「かぐわしみとおけども」とは畏敬のあまり近づけないという意味なので、恋い慕うというより少し遠慮があるようだ。
私の中では、白い梅は凛とした武家娘のイメージがある。ひっそりと咲き初めるころが特に趣(おもむき)があってよい。
まだ厳しさの残る早春に、ひとつふたつと花が開いていく頃が、最も心楽しい季節である。つかのま暖かい日があったと思うと、再び冬がやってきては、冷たい雪が長い蕊(しべ)に降りる。希望と失望を繰り返しながらも、少しづつ春に向かうことを知っているからこそ、私たちは今を待つことができる。
このような気持ちと言うものは、メリハリのある四季によって醸成された、日本独自の精神文化ではないかと、歳をとって思うものである。