パルファン サトリの香り紀行

調香師が写真でつづる photo essay

「香りの記憶」旅の終わりには Heaven Note

麦畑

香りの旅に出る

「香りの記憶」

何かの折に、「枯れた草の混ざった芝生のような、青臭さとひなびた匂い」が一瞬よぎる。

それはまったく脈絡(みゃくらく)なく、小学5年生の、夏の臨海(りんかい)学校の一場面を思い起こさせた。
 
 


『枕をかかえて広い座敷の畳(たたみ)に寝転ぶと、ショートパンツから伸びたひざこぞうに、ざらざらと砂があたる。
 
午前と午後の水練の間に、昼寝の時間なんかあったのか。。。合宿所の幅いっぱいに開け放された濡れ縁からは、海と浜が見え、潮風が後ろの中庭に抜けていく。
 
裏の花壇には7月の暑い日差しに照らされたカンナが、激しい色をして咲いていた。』

 

夏の花カンナ
 
 
数十年の時を経た「夏の学校」の思い出は、私を瑞々しい、まだ若い芽のような心へと連れて行ってくれたのである。
 
たった一瞬の香り、それは本当に芳香物質が流れていたのか、それとも私の深い脳に刻まれた記憶が流れ星のようにこぼれて、錯覚を与えたのかわからない。
 
  
 
私は記憶の旅をする。
 
額の中央あたり、脳の奥では映画のスクリーンのように情景が広がっていく。
目を閉じて香りをかぐといつもそうだ。
 
  
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旅の終わりには

 

私は夢想する。自分のプライベートなオルガン、それはなにかしら心を揺り動かす情景を切り取った「香りの瓶詰」が並んでいるはず。
 
ただし、それはまだ香水になるまえの、短い処方のベースだ。
 
ふたはそうっと開けて、少し嗅ぐ。そして閉じる。また嗅ぐ。また閉じる。三回の反芻(はんすう)により、香りが過去へいざなう。
 
  
どの瞬間が一番幸せだったのかはまだ決められない。
 
だから私は、香りを作るために幸せな情景をひとつずつ思い出し、そのたびに幸福がリフレインするわけだ。
 
  
これは、その記憶を持つ自分でしか作れない香りなのだ。


 
オルガンには幸福がひとつずつ並べられていき、いつか「その一本」を選びたい。
最後の時に、最高の「思い出の香り」を嗅いだなら、安らかな気持ちになれるような気がするから。
 
そのときは香りの演奏が見送ってくれる。
そんな気がする。天つ国への香り。
 末期の香り。
 

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