チューベローズは肉食系の香りだ。
チュベローズと口ずさめば、名前の音の響きは可愛らしく、白く可憐な姿からは、清らかな乙女を想像しそうだ。
しかしその花に近づき匂いを吸えば、ぽってりと濃厚なミルク・ラクトニック感、アニマリック感があり、
グイグイとした押しの強さがある。
さらに香料になったチュベローズAbs.には、強いグリーンノートの奥の方にハムのような、コンソメのような食欲をそそる塩辛さも感じられる。
南仏、グラースの香料会社の隣の敷地には食品工場がある。
夕方になりラボから出ると、コンソメの匂いが漂って来て、猛烈におなかがすいてくる。
チュベローズを嗅ぐと、いつもそんなことを思い出すのだ。
「ハナヒラク」は、ボリューミーなホワイトフローラルに奥行きを出すため、この塩気とコクのあるチュベローズを隠し味的に重ねている。
それはドライなラストの、味噌や醤油の香りや、アンバーにつながっていく。
チュベローズの香りを調べれば、甘く濃厚で重いとか、セクシーなどの言葉がよく見られるけれども、「食品的である」と、感じたのが自分にとって重要なキーワード。
・チュベローズはホワイトフローラルで、ハムのコンソメゼリー寄せの匂いがする。
・「ハナヒラク」のメインテーマである朴(ほお)の木は、トップにメロン調のフルーティ感があり、ボディはホワイトフローラルの香りである。
・生ハムとメロン、は美味しい組み合わせである。
さらに、朴の木の葉で、味噌を包んで焼く朴葉味噌があり、味噌や醤油といった発酵食品にはアニマルな要素がある。
と、いうわけで花の香りを表現するために、アニマルや、甘い果実や、お菓子以外の食品素材が合わさるのは、全く自然なことである。
ジャンル違いの知識が一瞬にしてつながる。
しかし、ただの思いつきではない。
成長過程での実体験の記憶と、香料のキーワード、これの積み重ねがアイデアのもととなる。
そして謎解きのように、理屈は後からついてくる。
香水の名前と香りが追いかけ、追い越していくように、アコードのアイデアとイメージもまた、もつれあって香りを育てていく。
香りを作るというのは、作曲にも、作陶にも、料理にも似ているって思う。
朴(ホオ)の木: 学名:Magnolia obovate 日本特産種
大木になると幹が直径1メートル、高さが30メートルにもなる落葉高木。朴(ホオ)の木の大きな葉に、味噌や餅を包んで焼いた朴葉みそ、朴葉餅や、皿として使うなど、日本では昔から生活に根ざした歴史があります。5月頃にクリームホワイトの20センチにもなる大きな花を枝先に咲かせ、その香りは風に乗って遠くまで届きます。