パルファン サトリの香り紀行

調香師が写真でつづる photo essay

日本の桜は

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日本のさくらは、特別である。

暦(こよみ)のない時代は、桜の開花をめやすに田植えをしたと聞いている。稲作文化の日本では、花見は豊作を祈願する明るい未来の象徴である。太古からの記憶に刷り込まれた故の、理屈ではない歓びがある。同時に、散る美学、美しく儚い(はかない)ゆえの哀しさが、日本人の心を揺さぶるのだろうか。

欧米では、「桜」というと実のほうを連想するようだ。そのため、海外ブランドの「チェリーブロッサム」という名の香水はフルーティなものが多い。香りの色も、ソメイヨシノの白に近い薄紅というより、八重桜のぽってりした濃いピンクを連想させる。そこに、大きな文化の差を感じる。

桜の種類は多い。次々と咲いていく3月の中旬から5月までは、本当に楽しみな季節だ。

枝垂れ桜はあでやかな粋筋の女性のようだし、ソメイヨシノは黒い樹幹と、花の集合のコントラストが時に妖しい。いっぽうヤマザクラ系は、葉と同時にパラパラと花が咲く、そのバランスが楚々として好みである。葉が桜餅に使われるオオシマザクラは、花のにおいもいい。

りんご、なし、イチゴ、桃など、バラ科の植物はみんな花がきれいだが、その中でも梅は特にいい匂い。一方、桜の花は匂いがないと思っているか、または桜餅の印象を持つ人が多い。

桜餅をまいている葉の香りはクマリンという成分で、生葉のときはしないが、初夏、葉を塩漬けにして初めてあの甘い香りが生成される。さらにいうと、晩秋に枯れ葉をさくさく踏んで歩いても、ほんのりクマリンの匂いがする。

花にはクマリンもわずかに含まれるが、おもにはΒフェニルエチルアルコールという「バラの骨格」の章で説明した、やわらかいフローラルの香りである。


アトリエは新宿御苑のそばなので、時間をみつけ、ときにはふらっと花見にいく。いろんなことに疲れたり、心が重いとき、ひとりでベンチに座ってぼんやりと花を眺めている。風がやさしく枝を揺らし、はなびらと陽の光がもつれ合って落ちるとき、時間の流れの中にぽつんと取り残されたような安心感を得る。ふつうは、焦燥感を覚えるだろうに・・・?

なぜか、そんなときはひとりの人間に帰れる。



写真:今朝の半蔵門公園の桜

 

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