パルファン サトリの香り紀行

調香師大沢さとりが写真でつづる photo essay

葉隠 はがくれ

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「武士道と云ふは死ぬことと見つけたり

 

 

隆氏の小説は好きなものがたくさんあり、どれにしようか迷ったのだか、初めに読んだ「死ぬことと見つけたり」を選んだ。江戸中期、佐賀鍋島藩が舞台の物語である。

 

10年前に人に隆慶一郎のこの本を勧められた。最初から最後まで一気呵成に読んでしまった。その後、吉原御免状、鬼磨斬人剣、花と火の帝など、氏の小説を読みつくすまで読んだ。

 

寝る前に読むのにふさわしいのかどうか、はなはだ疑問だ。しかし私のベッド脇の書棚に指定席を持ち、ひどく落ち込んでいるときでもなければ、逆に高揚している時でもなく、なんとなく思い出してはパラパラと開く本になった。ひとたび読みだすと夢中になって止まらなくなってしまう。



この小説の原点の「葉隠(はがくれ)」は鍋島藩の武士に伝わる心得だ。「武士道と云ふは死ぬことと見つけたり」という一説が有名すぎて、そのため全体の内容がきちんと伝わっていない。時代により、危険思想として禁止されたり、軍国主義にあっては玉砕を美化するために利用されたりしている。

 

冒頭、氏がこの作品を書くに至ったことに触れている。

 

第二次世界大戦に徴兵される際、お気に入りのフランス文学(戦時下には禁書)を私物として持ち込むために、軍の推薦書だった「葉隠(はがくれ)」をくりぬいて隠して持ち込んだ。
便宜上であり、初めはこれ自体に興味がなかったこと、終戦後、復員してから改めて読み、巷間知られているのとは違う面白さに気づいたこと、のちに自分なりの『葉隠』を書こうと思ったことなど。

 

そのあと、本編が始まる。彼の創出した主人公、斉藤杢之助は「毎朝寝床の中で念入りに死んでおく」という鍛練法を3代続ける鍋島浪人だ。葉隠思想を中心に、伝奇ともいえそうな物語が進んでいく面白さは、ひとことではちょっと説明できない。この小説と思想についていろいろ分析もされているが、あらすじは出版社の解説に任せるとして、後半から、脇筋の一部を紹介したい。



14章で、杢之介の娘・静香は、念願の婚礼をあげる前夜に果合いを申し込まれる。相手は藩の重役の息子で、婚儀を妨害するため、横恋慕の挙句の卑怯なふるまい。受けるわけはないと高をくくった嫌がらせに、女剣士でもある静香は、誇りをかけて敢然と勝負に挑むことを決意する。

 

この試合を受ける意味と結果を瞬時に理解しつつ、倖せを捨てる悲しみを見せず、静香は使者に(花が開くように)にっこり笑って「斎藤の家は、男も女も、売られた喧嘩に背は向けませぬ」と受けて立つ。狼の子は狼、鍋島武士の子なのだ。このあとは胸のすく結末が待っており、何度読んでもいい場面。



惜しむらくは未完の小説だということ、氏は書き上げる前に急逝してしまった。作品数も、藤沢周平池波正太郎に比べ少ない。

 

同氏の書いた一夢庵風流記は、「花の慶次」という名で漫画化され、他にも舞台などになった小説も多い。
本来深刻なテーマなのに、ユーモアというかヒューマニズムにあふれ、面白く読める一方で、底流にある厳しさが心地よい。唯一、「風の呪殺陣」だけは救いがない。書棚から消えた本だ。



内容をどのように説明したらいいのかと悩んだが、どうしても浅薄で表面的になってしまう。読んだ方がそれぞれ感じるのがいいと思う。

 

 

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