シリーズの続きであるが、私の父方の祖母は華道教授であった。
いまからおよそ100年前、その祖母が華道の免許を受ける際、師に差し出した証文である。
「相伝の秘術については親子兄弟であっても他言しない。
もし誓いを破ったら天罰も、流派の祖の罰も受けます」と誓っている。
証文が残っているということは、契約書のように2通作ったのであろう。
たかが花を活けると言っても、日本の芸道の厳しさは江戸から続く武道と同じである。
そのように育ったゆえに祖母は強い性格だった。
明治、大正になり藩はなくなってもお家が大事。
代々、女系の生まれで、あととりができなければ婿(むこ)をとりかえて、ようやく待望の男子である父が末っ子に生まれた。何番目かの婿である祖父は、曽祖母、祖母の眼鏡にかなうこととなった。しかし父は、養子の祖父よりも大切にされたと言う。
さながら時代劇ドラマのようである。
祖母はお琴の先生でもあった。母は若い頃、父が弾くのも見たことがあるそうだ。
私が生まれる前に祖母は亡くなってしまったが、小さい頃、座敷に紅絹(もみ)に包まれた古い琴があったのを覚えている。
私が琴の包みを開けてみたくなかったはずはないのだが、触ろうとしたら母に叱られて、それきり話題にしてはならぬものとなった。
商家でのんびり育った母は嫁してのち、きつい姑(しゅうとめ)である祖母にずいぶん苦労したようだ。
しかし、姑(祖母)が亡くなってからの母はだんだん家での権力を増し、それまで乳母日傘(おんばひがさ)で育てられた父を圧倒するようになった。
貴家御一流(おんいちりゅう)一切の秘術を御相傳(ごそうでん)下され候就(つ)いては生命親子兄弟たりとも一切他言(たごん)仕間敷(しまじき)もし相背(あいそむ)き候(そうろう)節は天罰を蒙(こうむ)り流祖の御罰を受くるものなり依(よっ)て誓証文(せいしょうもん)件(くだんの)の如(ごと)し
大正五年十月十七日