パルファン サトリの香り紀行

調香師が写真でつづる photo essay

ほたるかご 蛍篭 HOTARU KAGO 母の茶道①

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蛍篭(ホタルカゴ)という意匠の中次(なかつぎ・薄茶器、抹茶の入れ物の一種)。
 
薄茶器全体が、蛍篭(ほたるかご)を表している。
夏草に止まる蛍が、黒い漆の上に描かれ、明滅している。
 
黒に黒なので、遠目には紅い点しか見えない。
よく見れば闇の中にも翅を広げた蛍がそこかしこ。
 
季節を表す、とても風流な絵柄である。
 
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しかしこれ、5月の末から6月2日までの、ほんの3日ほどしか使われない柄なのだそうだ。
 
 
母いわく、
「5月に入って晴天が続いた後、雨がたくさん降る。翌日になってよく晴れると、清流では蛍がいっせいに孵(かえ)るのよ。それで、蛍籠というのは、その時期にだけ使う、季節のお道具なの」
 
365日のうちに、たった3日しか使わない茶道具。
 
蛍籠の柄は夏の間は使えるものだと思っていたから、そんな話を聞いてびっくりした。
まったく、この年になっても知らないことはたくさんある。
 
 
蛍籠は中次だけでなく、なつめや炭斗(すみとり)にも意匠が使われている。
 
 
「このところずっと晴れていたから、水が減って蛍はどうなるかと心配してたけど、大雨が降ったでしょう、だからきっと今頃は、蛍がいっぱい飛んでるんじゃないかと、よかったなと思って。」
 
母の昔の住まいの傍に水辺はないはず。いったいどこで見たのかと問えば、
「そんなの、日本中どこだってそうよ。」
と軽く言われてしまった。
 
 
「でも、3日しか使えないなんて、いったいどうやって知ったの?お茶のお稽古で教えてもらったの?」
と聞くと、
「人に聞いたわけではなくて、いろんなお茶の本を読んでいるうちに知ったの。」
と言う。
 
来年は90歳だから。
ローマは一日にしてならず。
こんどその出典を発掘しなければ。
 
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いつか私がお茶の先生になったらと、母は私の若い頃から一通りのお稽古道具はそろえてくれていた。
しかし私にその気がないとわかってからは、場所ふさぎだからと、母は人にあげたりして処分してしまった。
 
確かに、お茶器だけでもこんな風に数日しか使わないものがある。
茶碗から水指から建水、炉や釜、台子など、季節ごとのお道具は置いておくだけでもきりがなく、都心にそんなスペースをいつまでもとっておけない。
 
 
その中でも私好みのものだけを頂戴し、少し手元に残している。
 
どれも、お稽古用のたいした物ではないけれど、こんな物語があるということがとても素敵なことだと思う。
 
 
 
母は常日頃お茶の四方山話をしていたのだが、右から左に聞き流していたものを、ようやく本気で覚えようと書きとめておくものである。
 
 
 
 
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