パルファン サトリの香り紀行

調香師が写真でつづる photo essay

ユグドラシルYggdrasill

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私は浴槽の中で一所懸命、思い出そうとしていた。

 
私の大切な人の「名前」を。
 
その人は実在するとは言えず、象徴的な名前であらわされるべきで、それは何か特別な言葉でなければならない。
 
5つか6つのカタカナのその名前は、あの小説の中ででてくる・・・それはアガサクリスティの・・・とても魅力的な音を持つ、「樹」の名前として出てきたはず・・・。
 
この「考え」が何か他のもので邪魔されて失われ、考えていたという事実まで永遠に消えてしまわないうちに、書き留めなくちゃ。
 
 
 
 
 
そう思って体をふくのももどかしくベッドルームへ行き、テーブルの紙切れに「樹の名前」と走り書きをする。その足で本棚に行き、アガサクリスティの「ホロー荘の殺人」を取り出してページをめくる。
 
パラパラと本を2-3回さばくと、中ほどにおかしな、ずんぐりとした木のイラストを見つけ、ページにその名前はあった。
 
イグドラシル(Yggdrasill)。
 
別の発音で「ユグドラシル」というらしい。ユグドラシルは「世界樹」と訳すそうだが、詳しいことはあまり調べないようにする。でないと、私の作った世界ではなく、誰かの考えをなぞることになってしまうから。
 
 
 
そうして私は、ずっと昔から探し物をしていたことを思い出す。山の稜線(りょうせん)から深々とした谷に向かって、その人の名を呼んでいる自分の姿を鳥の目で見ていたことを。
 
寄せては返す、それはエコー。あまたある善きものの中から、同じものを美しいと感じ、価値を見出し、喜びを分かち合える人。
 
すでに知己(ちき)なのか、これから知己になるのか知らない。私はユグドラシルに宛てて恋文を書くだろう。読めばきっと自分に書かれたことだわかるはず。なぜならばユグドラシルはあなたの中にいるはずだから。
 
 
 
 
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