パルファン サトリの香り紀行

調香師が写真でつづる photo essay

鈴蘭の香り②

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例えば古くはコティのミュゲ・デ・ボワ(1936)。森の鈴蘭という名の香水。

キャロンのミュゲ・ドボヌール(1956)幸福の鈴蘭も、鈴蘭(ミュゲ)の香水として並び称される。

「ミュゲの香水」とか、「ラベンダーの香水」とか、シングルフローラル(1種類の花を表現した香り)はシンプルで自然の模写に近いので、その中で個性を表現するのは難しい。

もちろん、ただいろいろ混ぜればいいというものではないし、いい処方はシンプルなものだったりする。

しかし、ブーケや、シプレ、オリエンタルと、複雑な組み合わせになるほど、芸術的な要素を盛り込みやすくなる。

 

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ディオールのディオリシモ(1946)は、アニマリックなインドールが、鈴蘭のイメージを一歩進めている。
ローズやジャスミンとのアコードで、ぐっと華やかなブーケになっている。

ムエットにつけて嗅いでも、いい匂いだと思う。

しかし、30年も前は、フレッシュな若い女性にぴったりの一品だったが、今はもうクラッシックな感を否めない。「昔は若く瑞々しかった」女性のための香りという感じがする。

 

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ミュゲ系香料は、ここ20年くらいの流行りである、オゾンアクアフローラルの香調にとても合っている。

鈴蘭の香水というより、トップがフルーティでラストがムスク、そのつなぎに、透明感のあるミュゲ系(やヘディオンのようなジャスミン系)の香りを使い、ちょっとだけ何か特徴的なアクセントをつけるという手法が主流だ。


香水以外にも大量に使用され、その結果問題視され、規制の対象になりやすい。

だいぶ前になるが、鈴蘭の香りをつくるメイン成分のヒドロキシシトロネラールが規制され、使用の上限が決められた。
その後もミュゲ(鈴蘭)系香料の代替品が出てはいるが、次々と制限されていくのは悲しい限り。

 

あの、他の香りを邪魔せず和らげるリラール(Lyral)まで、量の制限が大変厳しくなった。そもそもリラールはそれほど強い匂いではなく、伸ばし剤のように処方の中にたくさん入れなければ意味のない香料なので、ちょっぴりしか入れられないんだったら、入れなくてもいいやという方向へ行ってしまう。

(卑近な例で言うと、ミュゲ系香料は、よせ鍋における白菜のような役割で、葉っぱ一枚しか入れられないのなら、意味がない。わき役だけど、肉よりもたっぷり入れる必要がある素材だと言ったパフューマーがいた。)

こういう香料の規制のあるたびに、処方の修正をしなければならない。しかもそれとまったく同じ香りの代替品があるわけではないので、一品を変えればよいというものではなく、全体のバランスをとるために、何品かを合わせたり他を減らしたり増やしたりなどの調整をする。

 

世の中に重大な疫病が減ってきた分?アレルギーに注目が集まる。ミュゲ系ケミカルはアルデヒドが多いから。

また、家庭廃水に含まれる香料が、環境に与える影響も問題になってくる。
でも全世帯で消費するような、洗剤やシャンプーといった生活用品から出る廃液に比べて、香水の影響って、どうなのかな?って思う。

もっとも、規制もあって生活用品に使いにくい香料は、オーダーが減るので香料会社も作らなくなり、市場から消えていく。結局、香水にも入れられなくなっていくのであった。

 

私の好きなマヨール(mayol)は、数少ないアルコール系のミュゲ系香料だ。粉っぽくスパイシーな癖がある。マジャントールやフロローサもアルコール系だがどれも高額で、パフォーマンスがよくないので生活雑貨、日用品には使われない。

 

需要と供給と価格と規制はリンクしており、突発的な条件や流行と絡み合って、どこから始まっているいのか、後になってみないとわからないものだ。

 

 

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