小さな壷の中で醸成し醗酵し発熱していく。
だれかがかき混ぜなければ腐り崩れていってしまう。
それはいつも、外から杓子をつっこんで掻きまわす必要があるようだ。
一つの国が転機を迎える時は、そんなものなのだろう。
時代小説や歴史小説が好きでよく読んでいたものだが、
それらはあくまでもフィクションである。
歴史上の出来事という骨格の上に
魅力あるキャラクターを登場させて肉づけをした物語である。
この「幕末史」(半藤一利)は小説ではない。幕末ドキュメンタリーと言ったらいいのだろうか。
小説のように架空の人物や、伏線や、はざまを埋めるフィクションはない。
しかし同時期にいろいろなことが起きているわけなので、それを結びつけたりする解釈は、
氏のものであるから、年号と出来事をただ羅列しているわけでもない。
背景や人間関係などを、たくさんの文献から炙り出して積み上げた重みを、軽やかに話す語り口はむしろ講談に近い。
と思って読んでいたら、あとがきにやはりご自分で「張り扇の講談調、落語の人情噺調」と書いておられ、大学での講演を、本にまとめたものとわかった。
本じゃなくて、生で聞きたかったな。
学生の時にならって丸呑みし、物置に突っ込まれていた「ただの数字の年号」とか「死んだ人でしかない名前」とかが、知っているおじさんのように、活き活きと目の前に動き出す。自分も渦中にいるような気分にさせられるほどだ。
今、坂本竜馬をNHKの大河ドラマでやっているそうだが、この本を読んで、それから見るのも面白いかもしれない。
幕末史 半藤一利