遠州流御宗家で今年も点初め(たてぞめ・お初釜のこと)に伺わせて戴いた。
昨年は先代が旅立たれて、また今年のお勅題が「岸」ということもあり、お席の工夫もいつもとは少し異なっていた。
「喪」のお道具はないが静謐な空気のしつらえで、新しい年の初めに陰になりすぎない御配慮を感じた。
お茶席全体が「岸」というテーマと、辰年の「龍」によって調えられている。
年ごとの備忘録として伺った内容をいくつか書き留めておきたい。
いつもお花は一番先に目が行く。
濃茶席では例年は竹の花入れに椿だが、今年は水盤に白砂を敷きつめ水仙の花が数多く挿されてあった。
お茶花というより立花の形式のように活けられている。
それにあわせて、床の間のお軸は狩野派二代目元信の「波岸(なみきし)の図」で東山殿の時代に画かれたものだそうだ。
此岸(しがん)と彼岸(ひがん)の間には大きな川がある。
「岸」にはそんな意味もある。
点心のお席には鶴の掛け物のかわりに、先代の画かれた瀟湘八景(しょうしょう はっけい) 。常には巻物に画かれるものが一幅のお軸になっている。
雨、湖に映る月、雁など、ここにも水が関連付けられている。
例年、水仙が1輪活けられている薄茶席では、今年は濃茶席と逆に白玉椿が活けられ、お干菓子も紅白ではなく緑と白の「割氷」。
御説明は「希望の緑」というような表現をされ、全体に忌み言葉はお使いにならないよう気をつけられているようだ。
床に飾られた唐物(中国渡来)の、宝珠(ほうじゅ)形の堆朱(ついしゅ)の香合が愛らしくとても素敵だった。
堆朱というのは、漆を何回も「塗り乾かす」を繰返し重ねて、彫りこめるまで厚みを出すものなので、できるまでに何十年もかかるものである。
そのため彫刻面が平らなものが多いが、これは全体が宝珠の形なので、かなり厚みのある堆朱を使っているのだと思われる。
厚いものは何代もかかって塗り仕上げていくということを、輪島の漆職人の方に伺ったことがある。
さて昨年のお釜が鯉で、今年は龍の鐶付(かんつき)。
中国の故事では鯉が滝を登って龍になるという。
知らなくてもいいけれども、知っていればより深く楽しめるのがお茶の世界。
昨年からすでに今年のことを勘案してお道具を組まれていると、日本文化の深さをまたひとつ勉強させていただいた。
年は明けたが、昨年の大災害からまだ一年は経っていない。
あちら岸にいられる方々のことを祈りつつ、こちら岸の私たちは前向きに生きたい、希望の年にしたいと願う。
母の代から30年ほど、私も代参して10年になる。
着物は母の紫の綸子(りんず)を仕立て直した、やはり30年前のもの。