パルファン サトリの香り紀行

調香師大沢さとりが写真でつづる photo essay

御霊祭りと藤娘 The Wisteria Maiden

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昼間の暑気が残る中、九段下を通りかかった。
にぎやかな人出に誘われて靖国神社の御霊(みたま)祭りを通ってみた。
 
 
全部で3万個以上あるといわれる提灯が参道にぎっしりと並んでいる。
そんな中、偶然目にとまったひとつの提灯。
 
あれ?と思って見たのは上から三段目の、角の右から2番目。
 
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荒川区 西日暮里 五條玉緒」と書いてある。
 
五條玉緒先生は私が3歳から12歳まで習った日本舞踊の師匠である。もう何十年もお目にかかっていない。
 
特に探していたわけでなく何気なく眺めていただけのに、三万個もあるたくさんの提灯の中からよく見つけたものだとびっくりする。
 
 
『小さい頃に母の手に引かれ、日暮里(にっぽり)のお稽古場まで通ったんだっけ・・・。』
 
目の前に浮かぶのはちょうどこんな暑い夏、日盛りの道。すぐ近くには床屋さんの赤、青、白の三色のポールが回っていたのをよく覚えている。
 
 
 
五條流は、花柳珠實(はなやぎたまみ)が尾上菊五郎 (6代目)より五條の名を許され、五條珠實として流派創設したそうである。
 
母は小さい頃からこの五條流を習っていたのだが、珠實先生はそれはそれは、すばらしい踊り手だったという。
大人になってお稽古を続けるのを断念したのち、私を2代目の玉緒先生に弟子入りさせたものである。
 
 
 
 
帰ってからネットで検索すると、球緒先生はもうだいぶ前にお亡くなりになっていることがわかった。母は数年前に高島屋でお姿を見たと言っていたが、それはいったい誰だったんだろう?
 
 
提灯の写真を見ながら、母と二人で昔のお稽古場の様子などにひとしきり花が咲く。お盆のこととて、御霊(みたま)のお導きなのだろうか、とあとで思ったりした。
 
 
 
 
 
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写真は12歳のときに踊った藤娘。初舞台が3歳でテルテル坊主。
羽の禿(かむろ)、菊尽くし、祇園小唄と舞台を踏んで、
最後の舞台が藤娘(ふじむすめ)だった。
 
 
 
 
この一節だけ覚えている。
 
「人目せき笠 塗笠しゃんと 振かかげたる 一枝は
紫深き 水道の水に 染めて うれしきゆかりの色に」
 
松の大木に藤が絡み、紫の長い花房が場面いっぱいに垂れ下がる美しい舞台。松が男性を、藤が女性を表している。ストーリーは、藤の精がつれない男心をなげきつつ酒に酔いながら踊るというもの。 
 
「宵寝枕のまだ寝が足らぬ藤に巻かれて寝とござる」「うちの男松に からんでしめて」
 
など、いま聞くとずいぶん艶めいて、本当は子供が踊れるような内容ではない。
 
ただそのときは歌の意味などわからず、きらびやかな刺繍(ししゅう)の着物を着て、藤の枝をもたせてもらえるのがうれしかった。塗笠(ぬりがさ)をかぶり、長いふり袖にお引きずり、途中に「引き抜き」と言って、一瞬にして衣装を替える場面もあり、盛りだくさんなのだ。
 
だいたい、「娘」とか「姫」という言葉がキライな女の子がいるだろうか?(いくつになっても)
 
発表会(の衣装)が好きなだけで、お稽古はあまり熱心ではなかった。
 
「首はこう」「指先はこう」「ハイ、腰を落としてこう曲げる」いちいちポーズを止めて直される。静かな動きだからこそ、日本舞踊は重労働なのだ。
 
そんな調子なので、舞台の花道(はなみち)からの出で始まる一幕だけのリハーサルのときには上がってしまい、頭が真っ白に。
一応観客(お弟子さんたちの家族)もいる中で、長唄が流れるあいだボーゼンと立ちつくしてしまった。エゝしょんがいな。
 
本人はたいして気にしていなかったのだが、周りがこれは大変だとばかりに、それから1週間後の本番に向けて名取の先生が家まで出稽古に来て下さった。
 
踊りの会の上演当日、少しドキドキしたがいざ始まってしまうと案外落ち着いて、本番はつつがなく終了した。
 
たぶん、母が一度は藤娘を踊らせたかったのだろう。
 
 
通っていた私立の学校はお稽古場と反対方向で、家から電車を乗り継いて1時間かかる。中学になり通うのが難しくなったのでやめさせていただいた。(この敬語は先生に対してもの)
 
代わりにねだって茶道を始めることにした。親子では喧嘩になるからということで、学校近くに茶室を構える母の友達の茶道師範のところに入門した。
 
この道もどうせ続かないだろうと母は思っていたようだが、お茶の方は案外合っていたようだ。
 
 
数十年たった今でも、毎朝の一服として続いている。
 
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