
絶対に本屋には近寄らないようにしようと思っていたのに、高島屋の地下から東急ハンズに登り、ちょっとした余り時間に魔がさしたかついふらふらと、隣の紀伊国屋書店に行ってしまった。
宮城谷さんの小説には、ここ5年くらいはまっている。ほとんど読んでしまって、いまだに繰り返し読んでいる。同じ本だと、途中でもやめられるので安心して読める。
「新しい本を買ったら、絶対読み終わるまで眠れないだろうから、今なんか忙しいし、年末はたくさんやることがあるんだから、ダメ、ゼッタイ!」
という決意もむなしく、誘惑に負けてよりによって6冊も買ってしまった。ああー、ダメな私。後は最初の1ページ目をめくるのをどれだけ我慢できるか、抵抗を試みる。
今までは中国古代を舞台にした歴史小説ばかりだったのだが、初めての日本の歴史小説「風は山河より」。舞台は戦国前夜の奥三河、ということが後ろの解説に読める。
宮城谷氏の、中国を舞台にした小説は、初めは人の名前を覚えるのに苦労した。王さまなんか、国と時代が違うだけで同じ名前の人が何人もいる。臣下も似たような名前がどっさり。さらに、一人の人がいくつも名前を持っている。混乱の極み。しかし、だんだんと王朝の時代と地図と人物の相関関係がわかってくるにつれてがぜん面白くなってくる。ジグゾーパズルのピースがはまっていく感じ。 最古の王朝「夏」から三国志の舞台へと、英雄傑人を主人公に多くの小説がある。
中学生のころ、歴史のワタナベ先生から強制的に<中国王朝数え唄>を覚えさせられた。
「カ、カ、カ、イン、シュウー、シン、カン、ギ、シン、ナンボクチョー、ズーイー、トウ、ソウー、ゲーン、ミーン、シン、シン、シン。」これを、「しょうじょう寺の狸ばやし」のメロディーに乗せて歌うのだ。先生の考案らしい。毎授業だれかが生贄となり、教壇で独唱させられる、恐怖の時間だったが、うん十年たった今、役に立つとは思わなかった。勉強って、即、役に立つとは限らないと、年を取ってからわかることしきり。
話を戻し、宮城谷さんの小説は、ただドラマチックに流れてしまわない。丹念に歴史書を読み解いた、史実に忠実なストーリーでありながら、それを踏まえた上での人物像なり情景描写の飛躍があり、骨太の骨格があり、底辺には思想がある。って、なんか頭の悪い評論家みたいな言い方。具体的に説明できないよー。
魅力のひとつは、品格のある文章にある。宮城谷さんは言葉をとても吟味している。ウットリ。表現が素晴らしい。ワクワク。心に残る一行があると、私はページの角を折る。ドキドキ。(行儀が悪いけど、一冊読むと折あとだらけになる。)漢字も、ひとつの言葉でこんなにたくさん文字をあてることができるのかと驚きだ。
恥ずかしいことだが、この方の小説を読み出して初めて、白川静氏の漢学研究について知った。氏の書籍を買おうと思い立ち読みしたが、気合いを入れないとちょっと骨が折れそうなので思いとどまっていた。今日、解説書のようなものを見つけた。先に少し噛み砕いたものから入ってみようと思う。
