今から25年前に私の父が亡くなり、形見として私が貰ったフェンディの書類カバン。
父も使っていたものなので、少なくとも35年以上は前のものだと思われる。
カバンは薄手で軽く、大きさもちょうどいい。父を偲んでずっと愛用していたのだが、布地は擦り切れ、革のトリミングや持ち手もだいぶ傷んでしまった。
1年前、ついに持ち手の金具が本体からすっぽり抜けてしまった。
留め具はズッカ柄(フェンディのF)の生地に埋め込むように入っていたので、正面の取り付け部分が裂けてしまっている。
ブランドに持ち込んで修理ができるか見てもらったのだが、「表の布を一度はがし裏を張り直すなど大修理の上、生地がかなり弱くなっているので、はがす途中でどうなるか保障できない」という。
仕方がなくそのまましまっておいたものである。
ある日、たまたま知人とその話になり、とても上手なカバンの修理の店があると聞いた。
早速そちらに持ち込んで見てもらった。
お店では壊れたところだけでなく、持ち手やトリミングの皮革の部分も全て取り替える修理を薦められた。
どこまでオリジナルを残すか迷ったのだが、棚に飾るものでなし、これからも使っていきたいと思ったのでフル修理をお願いすることにした。
2か月くらい経ち、もう預けたことも忘れていた頃に電話がかかってきて、このほどやっと手元に戻ってきたのである。
表の柄の裂けたところはきちんと修理され、傷はまったくわからなくなっている。
持ち手は埋め込みではなく縫い付ける形式に変え、革はすっかり新しくなり、金具もピカピカになって帰ってきた。
新しいもののようだが、蓋の背の生地が擦り切れているのが年月を物語っていてとてもいい。
内側の革も元のままになっている。
新しいバッグを買ったほうがいいかな、と思うくらい修理代がかかったけど、やはり直してよかった。
大事に使う、そうしたら上手に古くなっていくものだ。まるで育てるようなもの。
35年の歴史を買うことはできない。
父が亡くなった3か月後、このカバンから書きかけの遺言状が見つかったことを思い出す。
思い出も買えない。