いつも1階のサロンで抹茶をいただいているので、たまには11階のアトリエでもお薄(うす)を立てましょうということになった。
「このたびは~ 私が点(た)てます~ 」
お茶を習っていたH子嬢が点(た)ててくれることになった。
家からおかあさまが造ったというお抹茶椀を持参したH子嬢。
おかあさまはなかなかの粋人である。
唐津っぽい内側の緑釉(りょくゆう)の一部がいい感じに弾いて、まるで雁(かり)が並んで飛んでいるように見える。
ちょっとへこんだ形も面白く、色も素敵なお茶碗である。
まるで雲がおぼろにかかった月に雁が飛んでいるよう。
-雲居の雁もわがごとや(源氏物語「少女」)-
H子嬢の点(た)て出しでいただきながら、しげしげと茶碗を鑑賞。
「ねえねえ、雲居の雁(くもいのかり)なんて銘はどうかしら。お母さまに聞いてみて」と勝手に名づけてみた。
「え~ どうでしょう~ 」とさりげなくかわすH子嬢は、いつも猫のようにしずしずと歩く。
「雲がなければ嫌で候」(月には)くもがなければいやでそうろう、言ったのは茶人の村田珠光(むらたじゅこう)である。
何でも完璧では面白みがないものだ。