香水を知らなくても、ラリックと言う名前と、コティのアンブル・アンティークのボトルを見たことのある人は多いと思う。
このアンブル・アンティーク(Coty Ambre Antique 1905)の香水は、オポポナックス的なバニリンの甘さの有る香り。
匂いは確かに、香水瓶のとろみのあるブラウンと、優しい女性の姿をイメージさせる。
たぶん、この香りを知っている人はあまりいないだろう。
たとえ、瓶の底に残っていたとしても、それは製造当時の香りとは違うから。
フランスのベルサイユには、古い処方を元に香水を再現している博物館(Osmotheque・オズモテック)がある。(調香師の学校ISIPCA・イジプカ併設。)
館長(であり、ゲランの姪)のニコライさんに案内してもらった時、再現したアンティーク香水の数々を嗅がせてもらったのだ。
不思議なことに、美術館にあるような有名な香水瓶の中身は、どんな匂いかあまり知られていない。
ひとつには、香水マニアと、香水瓶のコレクターは分かれていて、片方にしか興味がない人が多いこと。
香料のことは知っていても、美を感得する才能はまた別のものだったりもする。
また、初めから観賞用に作られた、ボトルだけのものもある。
それは、棚に陳列され、ただ眺められた。
さらに、香水瓶が芸術的でも、中身の香水は凡庸だったりする。
そういったものは、調香師の間では評価されていないから、研究、シミラー(絵画で言う模写)などされなかった。
自然、入れ物だけが残り、中身の情報は失われてしまう。
コティがラリックに香水瓶の製造を頼んだ時代は、天然香料が中心で、種類が限られていた。
ローズ、ジャスミン、オレンジフラワーなどの花の匂い、ハーブ類、樹脂や、アンバーやムスク・・・。
今でこそ合成香料の発展により、香料の数が飛躍的に多くなったが、当時の香りの組合せのバリエーションは少ない。
アンティーク香水の多くは、たいがい似た顔(香り)をしている。
もうひとつ、高価なボトルと言うのは、何万本も作ったりしない。
使う人の数が限られる。
ラリックはアート性の高いガラス工芸も作った一方、量産品の香水瓶も作った。
ラリックの素敵なボトルで、ストーリー性のある香水はいろいろある。
ダンラニュイ(夜に)、ジュルビアン(私は帰ってくる、再会)の青いロマンチックな瓶。
ラリックの息子の代に作られた、ニナリッチのレールデュタンは2羽の鳩のボトル。
調香師としては、数が出る香水に対してはポテンシャルが高い。
エポックメイキングになる香水とは、多くの人の手に渡ってこそ、という面もあるのだ。
本当に香水の世界は広く、奥が深い。
知識の断片だけを誇っても意味がない。
歴史という樹の幹の、どこに花(ブランド)が咲き、どんな種子(香水)を結んだのか、それを知るものがその果実(美)をもいで、味わうことができる。