
吉祥寺と渋谷を結ぶ、私鉄・井の頭線のその時間はまだ混んでおらず、立つ人もまばら。古い車両の天井には、扇風機がハタハタと回っていた。
何度目かの駅で、ドアから白い蝶がふわりと迷い込んできた。
座っている人の前を漂い、人々の視線がごく自然に蝶を追う。
『はやく開いている窓から逃げたらいいのに・・・』
やがて天井の方へ舞った蝶は、音もなく扇風機の後ろから吸い込まれ、散った。
あまりの成り行きに、みな、黙って見ていた。
ただ見開いた眼が、哀しみに陰った。
しばらくして、大人の女の人が立ち、蝶のかけらをひろい集め、ハンカチに包み、また座った。
みな黙って、何事もなかったのように黙っていた。