まだ梅雨が始まる前の、夏の気配だけがする、爽やかな5月の朝。
森を歩いているとさまざまな匂いが混じり合って降ってくる。
それはシイの巨木に咲いた細かい地味な花であり、葉から揮散する緑の香りだったり、わきあがる土の中の微生物の匂いであったりする。
誰もいなくてこんなに静かなのに、森は本当に饒舌な世界。
甘く、湿ったのはクスノキの香り。
遠くからやってくる、爽やかでボリュームのあるホワイトフローラルはタイサンボク。
ブラックペッパーのようなスパイシーな香りの源(みなもと)はどこにあるのだろう?
私と樹木の間、こずえの枝の隙間、からっぽの何もないかのような透明な空間。
でもその大気の中には光の粒子、香りの粒子、音の粒子がいっぱいに詰まっている。
それをたっぷりと肌で味わうにつれて、私を作っているかたまりがバラバラの粒になって、それらの中に混じり合ってしまう気がするのである。