香の記録紙
和歌と絵と香と
野分香(のわきこう)の記事でも書いた「香の記録紙」。いつも素敵な和歌と絵が描かれている。
これは、つわぶき。
香の記録紙の決まりごと
用紙の右には、その日の香席のタイトルが大きく書かれている。
これは、鵜飼香(うかいこう)と言って、夏に開かれる。
「鵜飼舟たかせさしこす程なれや結ぼほれゆくかがり火のかげ」
左には、お題となる和歌と絵がすらすらと。
出題される「香木」は右下に書かれている。
この香組では全部で4種類、7つの香(試しを除く)がまわってくる。
ここでは、「鵜(う)」という銘の香は三つ、小舟が二つ、河波がひとつ、長良川もひとつ。
種類により、出される香木の数が違うので、順番にどの香木なのか推測する。
それは、小さい手記録紙というのにそれぞれ書いて、集められ、執筆(しっぴつ)役によって、この大きな記録紙にまとめられる。
全問正解者の下には、大漁と書かれ、その他は篝火(かがりび)と書く。
一つの香席にこの大きな記録紙は一枚なので、上座で一番成績のいい人がご褒美としていただける。
これは、春雪香(しゅんせつこう)。
正解は、「皆」 と書かれ、その他は数字。
香道は、あて物、ではない。香りをあてる技術を競うのとは違う。
妙なる香りを聞くことで、心を浄化する。
貴重な香りを聞く場を皆で共有し、こころゆくまで味わいつくす。
しかし、本当のことを言えば、きれいな絵の描かれた記録紙はやっぱりとても魅力のあるものだ。
だから、どうしても欲しいという邪念が湧いてしまう。
仮に、全問正解しても、たくさんの人が正解したら、席が後ろの方では戴けない。
だから、最初に席次を決める札(ふだ)を引くのだが、上座に近ければ、戴ける可能性が高くなるのでがぜんやる気が出たりするものだ。
絵と和歌は、先輩のお弟子さんの中で、日本画と書をされている方がいて、いつも用意してくださっていた。
「執筆(しっぴつ)」(客ではなく、この記録紙に答えを書く役)を初めて仰せつかった時は、こんなきれいなものに私が書いていいものだろうかと筆が震えた。
しかも、御家流では、下に置いて書いてはならず、左手に紙を持ってさらさらと書く。
嗚呼、書道の授業で遊んでいたことがこの時ほど悔やまれたことはない。
そのときにご褒美として、この紙を貰われた方には、申し訳ないと思っている。
良くできたもので、きちんと八つにたたむと、表面に香の題が出るようになっている。いろいろ戴いたけれど、「七夕香」(星合香)というのが本当は一番欲しかった。
「恋ひこひて逢ふ夜はこよいあまのがは きり立ちわたり明けずもあらなん」
7つのお香のうち、牽牛(ひこぼし)と織姫がひとつづつ、仇星(あだぼし・邪魔をする星)が五つ。
両方が中(あたり)だと「星合(ほしあい)」と書かれ、先の片方がはずれだと「暁雨」、後は「宵雨」、両方外すと「大雨」で、二人は会えないという意味になる。
和文化の世界は、作法や道具、形式にとどまらない。むしろ、このあそびの思考がとても日本的だ。