チュベローズ、ジャスミンなどの、熱を加えると壊れてしまうようなデリケートな花は、アンフルラージュという方法で香料を取る。
手間のかかる、古くから行われてきた方法だ。
写真の、木枠で囲ったガラス板の片面に、牛や豚の脂(ラード、ヘッド)を4対6で合わせたものを平らに塗りつける。
次に、櫛の歯のようなもので縦横に筋目をつける。これは、吸収する表面積を広くするため。
オレンジの花や、ジャスミンをこの獣脂の上に並べる。
そして花をのせたガラス板を何枚も重ねて積みあげていく。
24時間から48時間そのままにして置くと、花の中の匂いの成分は、脂に吸い取られてしまう。
木枠を起こしてトントンとしながら、しおれた花は捨てられる。
そしてまた、新しい花が並べられていく。
これを何十回も繰り返していくと、やがて、脂肪はもう、これ以上吸い取ることができないくらい飽和状態になる。
これを、ポマードという。
「この作業は3か月続く」と文献で読んだ記憶があるので、確認のために探したが、その本がどれかわからない。
いまざっと調べたところでは1回の抽出時間が3日間というものもあり、3週間くらいで飽和状態になると書かれているものもあり、さまざまだ。
今度はこの脂肪(ポマード)をへらでガラス板から掻き取る。アルコールにとかして撹拌する。
すると、花の匂いの成分は、アルコールの方へと移る。
匂いの抜けた脂(ワックス)は冷えて固まり、それを取り除くと、香料の溶け込んだアルコールの液体が残る。アルコールは先に揮発するので、香料だけが残る。(2~4%の残渣がある)
これをアブソリュード(absolude)という。
チュベローズの場合はガラス板を天地逆に重ねる。花はガラス面に乗せ、脂肪の面をかぶせるようにして、直接脂肪に接触させない。一回の長さも、48時間から72時間と長い。
なぜ、こんな手の込んだことをするかというと、他の採油方法、例えば蒸留法などでは、熱によって香りが壊れてしまったり、水の中に成分が逃げてしまったりする。
また、摘むと同時にどんどんと鮮度が悪くなっていく他の花と違い、ジャスミンやチュベローズ、オレンジフラワーなどは、摘み取った後も花の中で香りの成分を自家製造しつづける。
そのため、時間をかけてじっくりと抽出することによって採油効率を上げられるのである。
ジャスミンは朝日を浴びるとインドール臭が強くなり、香りが悪くなる。
そのため夜明け前に総出で一輪づつ手で摘む。これにはたいへんな労力が必要だ。
その後、集められた花は、体育館のような広い所に、ずらっと並ぶ女性たちの手によって香料にされた。
現在は労働力の不足と、高賃金のため、ほとんど行われていない。
初めてこの採油方法を知った時、なんと独創的な取り合わせと感じた。
花のエッセンスが獣脂に吸い取られていく過程は、官能的な物語のようである。
パトリック・ジェーキントの小説「香水」も、こんなところから発想したのかもしれない。
アンフルラージュという言葉の響きも美しい。