沈丁花の香り
暗いほど嗅覚のコンシャスが高くなるのだろう。このところ夜道を歩いていると、甘酸っぱい沈丁花(じんちょうげ)の香りが遠くから匂ってくると感じていた。爽やかなグリーンフローラルで、シトラス調のローズ系メタリックの香りは、夜に甘さが強くなる。
秋のキンモクセイと同じく、姿よりも先に香りで気づく春の沈丁花。
まだつぼみの時は濃いピンクの花が鞠(まり)のように束になって、その花房が背の低い樹を取り巻いている。暗い葉の色とともに目立たぬ陰樹の花は、背景に紛れてしまうようだ。
しかし肉厚の白い花がただ一輪でも咲けば、ひと筋の香りは長く遠くまで奔(はし)りだす。細い線は早春の風にちぎられ、またもつれあい、漂い続けるのだ。やがて外側の花が冠(かんむり)のようにぐるりと開く頃は、香りの閃(ひらめ)きがあとからあとからほとばしる。
朝は気ぜわしく通り過ぎ、家路につくときも心がせいて、香りの記憶は頭の片隅に押しやられていたものを、今日は日曜日でのんびりとアトリエにむかう道すがら、思いがけず街路樹の中に隠れるように咲いている沈丁花の花を見つけた。
今日は暖かかったからか、開いた花数がずいぶん増えている。
その中心の、まだ固く巻いたえんじ色のつぼみを見ていると、色と形からふと線香花火を思い出した。夏。暗闇で糸を引いて光が流れていく。派手ではないが心に残る花火である。
沈丁花の香りはもっと希望にあふれているけれども。
そばの花壇には、小さな黄色いラッパ水仙が春の訪れを告げている。
すみれ、タンポポ、れんげに菜の花。
いよいよ花の香りを追いかけるのに忙しい。